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バスター・キートン

バスター・キートン(Buster Keaton)

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バスター・キートン(英: Buster Keaton, 1895年10月4日 - 1966年2月1日)は、アメリカ合衆国の喜劇俳優、映画監督、脚本家。チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイドと並び「世界の三大喜劇王」と呼ばれる。 プロフィール ヴォードヴィル カンザス州ピクアにて、父ジョー・キートンに、母マイラ・キートンとの間にジョセフ・フランク・キートン(Joseph Frank Keaton)として生まれた。 両親とも舞台芸人で、キートンも1899年にまだ4歳の頃、親子による「キートン3人組 (The Three Keatons) 」として初舞台に立ち、各地でヴォードヴィルの巡業を続けた。父が、小さい彼の身体を逆さに持ち上げてぶんぶん振り回す「人間モップ」という、荒っぽいギャグを売り物とし、泣き顔一つせず演じていたことは有名な話である。後に弟ハリー(愛称はジングルズ)と妹ルイーズを加えた5人組としても人気を博したが、後にまたバスターと両親の3人組に戻っている。イギリスなどでの海外巡業も経験した。キートンが映画界に進出する直前まで活動が続き、その時点で解散している。 芸名の由来についてはこの家族舞台時代、突風に飛ばされたにも係わらず(自伝でキートンは「階段から転落説」を語っている)、全く泣かなかったのを見た、高名な手品師のハリー・フーディーニに「My, what a buster!(おやおや、なんて頑丈なんだ!)」と言われたところから、すぐそばにいた父によって「バスター・キートン」の名が誕生したといわれる。 ジョーは映画という媒体を評価していなかったとされているが、多数の映画に出演し、家族で共演する作品もいくつか存在する。『デブ君の勇士』では息子との初共演を果たしているが、フィルムは現存していない(理由は「作品関連」で後述)。マイラ、ハリー、ルイーズにも映画出演経歴があり、家族全員が勢揃いした作品こそ存在しないが、『キートンの西部相撲』や『列車の愛の巣』 などで共演が確認できる。 映画(1917年 - 1920年代) 1917年にニューヨークへ渡り、当時マック・セネットのキーストン・スタジオで大人気を得、自らのプロダクションを設立したロスコー・アーバックルの誘いを受けて映画界入りを果たした。映画初出演作品は『ファッティとキートンのおかしな肉屋』 (The Butcher Boy)(外部リンク"The Butcher Boy - Internet Archive"参照) だが、キートンが新人ながら決して短くない出演時間を、一度も撮り直しせず撮影を終えた。その後アーバックル主演映画に、立て続けに脇役として出演した。 1918年には第一次世界大戦による徴兵で、一時映画出演から離れた。その際耳を負傷したが、回復はしている。

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