
ボビー・コックス(Bobby Cox)
ロバート・ジョセフ・「ボビー」・コックス、ロバート・ジョセフ・コックス
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この人は?
ロバート・ジョセフ・コックス(Robert Joseph "Bobby" Cox, 1941年5月21日 - 2026年5月9日)は、アメリカ合衆国オクラホマ州タルサ出身の元プロ野球選手(内野手)、元プロ野球監督。 経歴 1959年にロサンゼルス・ドジャースと契約。メジャー昇格に10年近くを要し、選手としては1968年、1969年の2シーズン、ニューヨーク・ヤンキースでプレイし、220試合に出場したのみに終わった。引退後はヤンキース傘下のマイナーチームでコーチを務め、1976年に3Aシラキュース(当時)監督に就任。ロン・ギドリー、テリー・ウィットフィールドらを擁してガバナーズ・カップ(3A最高チームにあたる)を受賞。 1978年にアトランタ・ブレーブス(当時はナ・リーグ西地区所属)の監督に就任。当時チームはどん底の状態で、最初の2シーズンは地区最下位に終わり、結局4シーズン務めて勝ち越しは1980年のみで解任。 1982年にトロント・ブルージェイズの監督に就任。初年度は6位(7球団中)であったが、2年目・3年目にいずれも89勝を記録し、4年目の1985年には99勝62敗を記録、チームを球団創設以来初の地区優勝に導く。この年より7回戦制となったア・リーグチャンピオンシップシリーズ(ALCS)ではカンザスシティ・ロイヤルズを3勝1敗と追い込むが、それから3連敗を喫してワールドシリーズ進出を逃すと、解任された。この年ア・リーグ最優秀監督賞を受賞。 1986年に、ブレーブスにゼネラル・マネージャー(GM)として復帰。チームはこの頃再び低迷していたが、ロン・ガントやトム・グラビンらの若手選手の成長や、若手ジョン・スモルツ、ベテランチャーリー・リーブラント、ロニー・スミスらをトレードで獲得。 1990年途中に、GM兼任の監督に就任。この年は最下位に終わったが、後に看板選手になるチッパー・ジョーンズをドラフト全体1位で指名するなど将来の基盤を固めた。不振が続くベテランデール・マーフィーを放出し、デビッド・ジャスティスを右翼手で起用して新人王受賞の活躍を引き出すなど、徐々にチームを強化した。 1991年には監督専任になり、前年最下位のチームを一気に地区優勝に導く。前年最下位のチームの地区優勝はメジャー史上初であった。NLCSでも東地区優勝のピッツバーグ・パイレーツを破りワールドシリーズに進出。ミネソタ・ツインズを最後まで苦しめ、3勝4敗でワールドチャンピオンを逃したものの、自身は最優秀監督賞を受賞した。 1992年にも地区優勝し、NLCSでも再びパイレーツを破るが、ワールドシリーズでは、かつて監督を務めたブルージェイズに敗れた。 1993年は地区優勝するが、NLCSでフィラデルフィア・フィリーズに敗れる。
経歴
- 1941Born
- 2026Passed away
豆知識
- •Place of birth: Tulsa
- •Citizenship: United States
- •Known as: baseball player
- •Sport: baseball