
ビョルン・ボルグ(Björn Borg)
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ビョルン・ボルグまたはビヨン・ボルグ、スウェーデン語読みでビョーン・ボーリ(Björn Borg, スウェーデン語発音: [bjœːɳ bɔrj] ( 音声ファイル), 1956年6月6日 - )は、スウェーデン・セーデルテリエ(首都ストックホルム近郊の都市)出身の元男子プロテニス選手。ジミー・コナーズ(アメリカ)やジョン・マッケンロー(アメリカ)らと並んで、男子テニスの黄金時代を築いた名選手のひとりである。全仏オープンに4連覇を含む6勝、ウィンブルドン選手権で5連覇を達成した。4大大会通算「11勝」は、ロッド・レーバー(オーストラリア)と並ぶ男子歴代6位タイ記録。 選手経歴 1974年の全仏オープンにて、18歳で4大大会初優勝。全仏オープンでは、1978年-1981年まで前人未到の男子シングルス4連覇を達成する。同大会の通算優勝回数「6」は当時男子歴代最多記録となり、フランスの往年の名選手アンリ・コシェ(1901-1987)の「4」を上回った。 1976年にウィンブルドン選手権で初優勝し、1980年7月5日に同選手権で大会5連覇を達成した。ジョン・マッケンローとの3時間55分に及ぶ決勝戦はテニス史に残る名勝負として語り継がれている。しかし翌1981年の同選手権決勝でマッケンローに6-4、6-7、6-7、4-6で敗れ、大会6連覇を逃した。ウィンブルドン選手権の男子シングルス連覇記録は6連覇が最高であるが、これは大会黎明期の1881年-1886年にウィリアム・レンショー(イギリス)が、現在とは異なるテニストーナメントのシステム(決勝まで勝ち上がって来る挑戦者を、前年勝者は優勝決定戦で待っていて1回だけ勝てば優勝だった)で樹立したものである。 全盛期には、赤土コートの全仏オープンと芝生コートのウィンブルドン選手権を共に3年連続(1978年-1980年)で制覇した。しかし全米オープンでは4度の準優勝に終わっている。1976年と1978年はジミー・コナーズに、1980年と1981年はジョン・マッケンローに決勝で敗れている。全豪オープンは1974年の1度出場したのみで、この時は3回戦でフィル・デント(オーストラリア)に敗れた。 ビョルン・ボルグは1983年1月に、当時のトーナメントスケジュールの過密さに反抗し、26歳で突然の現役引退を表明した。1987年に国際テニス殿堂入りを果たしている。その後1990年夏に、全盛期に使用していたウッドラケットで現役復帰を試みたが、失敗に終わった。