
ベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini)
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ベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini, 1500年11月3日 - 1571年2月13日)は、ルネサンス期のイタリア画家、金細工師、彫刻家、音楽家。奔放な「自伝」でも知られる。 生涯 フィレンツェに生まれる。父はメディチ家で技師・音楽家として仕えていた。1515年から彫金師に弟子入りし1523年からローマで彫金の注文を請け負う。教皇クレメンス7世に仕えるがボローニャ・ピサでも修業を続ける。ミケランジェロの壁画などを模写し、その才能を終生崇拝していた。1527年カール5世のローマ侵略に応じてサン・タンジェロ城の防衛に参加し、1528年からミケランジェロとの交遊が始まる。1535年フィレンツェでアレッサンドロ公による貨幣鋳型の注文に応え、4種制作。教皇パウルス3世の不興を蒙り、1538年から2年間サンタンジェロ城に幽閉される。1540年からフランス国王フランソア1世に招かれて5年間パリに滞在する。帰国後メディチ家のコジモ1世の庇護を受けるようになり、多くの彫刻・装飾の仕事を残している。65歳で初めて結婚し、3児を残している。ルネサンス後期マニエリスムの代表的な芸術家とされる。 主な作品(彫刻・彫金) サリエラ(黄金の塩入れ)1539-43年 (美術史美術館) - アンリ2世からオーストリア=ハプスブルク家に贈与され、ウィーンで2003年3月盗難に遭ったが、2006年1月に発見される。 ニンフの浮き彫り 1543年 (ルーヴル美術館) - フォンテーヌブロー宮殿旧蔵 コジモ・デ・メディチ1世の胸像 1548年 (バルジェッロ国立美術館) ペルセウス像 1554年(ロッジア・ディ・ランツィ) 「チェッリーニ自伝」 チェッリーニは58歳になって自叙伝(原書名「La vita di Benvenuto Cellini(イタリア語版)」)を書いている。1550年・58年に発刊されたヴァザーリの『芸術家列伝』に刺激を受けたのではないかと推測される。書き上げたあと当時の文芸界のベネデット・ヴァルキに自著の校正を求めているが、ヴァルキは「彼の会話体による純な文体は、削除や訂正をしない方が好ましい」とし手直しを断っている。13歳の筆記者に口述した、綴りや文法に拘泥しない型破りの文体で語られたのは、単なる一芸術家の奔放な生き方だけではなく16世紀イタリア風俗の生気あふれる叙述であった。