
アウグストゥス(Augustus)
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アウグストゥス(羅: Augustus, 紀元前63年9月23日 - 紀元14年8月19日)は、共和政ローマの政務官でありユリウス=クラウディウス朝ローマにおける初代元首(皇帝)(在位:紀元前27年 - 紀元14年)。ガイウス・ユリウス・カエサルの姪の息子に当たり、その暗殺後に養子となってマルクス・アントニウスらを倒し内乱を勝ち抜きプトレマイオス朝エジプトを併合して地中海世界を統一し、プリンキパトゥス(元首政)を創始して後にパクス・ロマーナと称される時代の礎を築いた。 名称 「アウグストゥス」はラテン語で「尊厳ある者」を意味しており、欧米諸国において「8月」(英語: August)の語源になっている。アウグストゥスの当初の名前はオクタヴィウス (Octavius) であるが彼は成長とともに幾度か名前を変えており、混乱を避けるために後代の歴史家は彼をオクタウィアヌス (Octavianus) と呼んだ。オクタウィアヌスとは「オクタウィウスだった者」という意味であって、これはオクタウィウスがカエサルの死亡後自身をカエサルと自称し始め、元老院はそこからオクタウィアヌスの名前を用い始めたとも言われている。そのためオクタウィウス自身がオクタウィアヌスの名を用いたことはない。 以下の記述ではアウグストゥスを名乗るまでの期間の名称をオクタウィアヌスで統一する。 生涯 幼少期 騎士階級に属するガイウス・オクタウィウスとアティア(カエサルの姪)との間に生まれる。出生時の名はガイウス・オクタウィウス(Gaius Octavius)で、すぐにトゥリヌス(Thurinus)というあだ名がついた。しかしマルクス・アントニウスは彼を解放奴隷の子孫とし、大人になった彼を幼少期のこの名で呼びつけたという。姉には小オクタウィアがいた。 幼少の頃はウェレトラエ(現ヴェッレトリ)の祖父のもとで過ごす。紀元前58年、父と死別する。その後、母アティアはルキウス・マルキウス・ピリップスと結婚、この時オクタウィアヌスは新夫妻のもとへ引き取られて実子とともに可愛がられたという。 カエサルの親族 オクタウィアヌスが最初に歴史の表舞台に登場したのは11歳の時であり、祖母ユリア(英語版)が亡くなった際にフォロ・ロマーノで追悼演説を行っている。さらに紀元前47年には重要な宗教職である神祇官 (Pontiff) に任命されている。