
アントニー・ブリンケン(Antony Blinken)
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アントニー・ジョン・ブリンケン(英語: Antony John Blinken、1962年4月16日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、外交官。バイデン政権でアメリカ合衆国国務長官(第71代)を務めた。 来歴 生い立ち 1962年4月16日にニューヨーク州ヨンカーズにて、ウクライナ系ユダヤ人の銀行家ドナルド・M・ブリンケンと、裕福なハンガリー系ユダヤ人の娘でソーシャライトのジュディス・フレームの間の息子として誕生する。父のドナルドは1994年4月から1997年11月まで駐ハンガリー大使、伯父のアラン・ブリンケンは1993年7月から1997年12月まで駐ベルギー大使を務めており、外交官一家であった。 母のジュディスは父のドナルドと離婚し、1971年9月に数年来の不倫相手でホロコーストを生き延びたポーランドの出身で、ポーランド系ユダヤ人の大物弁護士であるサミュエル・ピサールと再婚し、アントニーを連れてパリへ移住した。9歳から18歳までをパリで過ごすことになり、フランス語が流暢になった。パリのエコール・ジャンヌ・マヌエルで学んだ。 ハーバード大学で社会学を専攻し、隔週学生雑誌『ザ・ハーバード・クリムゾン』の共同編集者となった。一時はジャーナリストや映画監督を夢見たが、コロンビア・ロー・スクールで学んで1988年に法務博士号を取得し、その後しばらく法律業務に従事した。 1993年から国務省欧州局に勤務するようになり、ビル・クリントン大統領のスピーチライターを務めた。その後の2002年4月から2008年11月にかけて上院外交委員会の民主党スタッフとなり、上院外交委員長を務めていたジョー・バイデンと親交を深め、以後はバイデンと活動を共にするようになった。 オバマ政権 2009年1月にバラク・オバマ政権が発足すると、バイデン副大統領のもとで国家安全保障担当副大統領補佐官に就任し、アフガニスタン・イラク・イランの核開発問題などに対するアメリカの政策に携わった。 2011年5月にオバマ大統領がネプチューン・スピア作戦を実行した際、ブリンケンは「私はリーダーがこれほど勇気ある決断をしたのを見た事が無い。」と述べた。人道的介入論者としてシリア内戦・リビア内戦への積極関与を強く主張し、同年3月のNATOによるリビアに対する軍事行動・シリアの反政府勢力への武器提供などを支持した。 2013年1月から2015年1月にかけては国家安全保障担当大統領副補佐官を務めた。