鈴木杏樹(Anju Suzuki)
鈴木香公子, KAKKO, 鈴木安寿
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鈴木 杏樹(すずき あんじゅ、1969年9月23日 ‐ )は、日本の女優、司会者、歌手。ジャパン・ミュージックエンターテインメント(イー・コンセプト)所属。 兵庫県神戸市東灘区御影出身。神戸市・大阪府箕面市育ち。マリスト国際学校高等部中退、東京都立上野高等学校卒業。 来歴 神戸のインターナショナルスクールであるマリスト国際学校在学中、歌手を目指す為に通っていた音楽学校で17歳の時にCBSソニーの酒井政利にスカウトされた。「日本で既に売れているミュージシャンが海外に拠点を移す前に、リスクの少ない日本人の新人歌手を海外でデビューさせて成功させて、いずれは日本の洋楽部門で逆輸入させて、来日コンサートをしよう」という会社の方針で1987年にイギリス・ロンドンに行くこととなった。デビューまでレコーディングスタジオでお茶汲み・雑用・事務作業をし、余った時間で歌・ダンスのレッスンをして、2年ほど現地で経験を積んだ。 1990年2月、ユーロビートで有名なストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースにより英CBSレコードからKAKKO名義で「We Should be Dancing」をリリース、UKチャートで最高101位を記録した。セカンドシングルとしてリリースした「What Kind Of Fool」はUKチャートにはランクインせず。その後カイリー・ミノーグらとのヨーロッパツアーやアルバムの制作を行っていたが、1990年に勃発した湾岸戦争にイギリスが参戦した影響による治安悪化を懸念した日本側の事務所に呼び戻される形で帰国した。 帰国後も本人は「飽くまで一時帰国」であり、ロンドンに戻って音楽活動を続けるつもりでいた。しかしなかなか目途が立たなかったので、日本で活動を行おうとした。ところが、イギリス側との契約上、歌手としての活動はできないことが判明したため、契約期間が残っている中でイギリス側との契約に抵触しない活動を模索し、「鈴木杏樹」として女優や司会者、CMキャラクターの活動を始めた。 1993年に「月9」ドラマ『あすなろ白書』に出演すると一気に注目され、翌1994年にはその好感度から大森屋など13社のCMに続々起用された。さらに95年にもキリンビールなど11社が起用、2年連続で「CM女王」の異名をとった。 1995年10月、音楽番組『ミュージックフェア』の6代目総合司会に抜擢された。2016年3月をもって降板するまで、在任期間は歴代総合司会者の中でも最長の20年半に及んだ。 1998年1月、腸閉塞で駿河台日本大学病院に入院し手術。この時の担当医であり、当時同院の外科部長をつとめていた13歳年上の山形基夫と同年6月に結婚した。