
アニタ・ブライアント(Anita Bryant)
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アニタ・ブライアント(Anita Jane Bryant、1940年3月25日 - 2024年12月16日)は、アメリカ合衆国の歌手、元ミス・オクラホマ。1950年代から1960年代、第5位となった「ペーパー・ローゼズ」を含む4曲がトップ40にランクインした。同性愛に非常に批判的であることで知られ、1977年、性的指向に基づく差別を禁止したフロリダ州マイアミ・デイド郡の条例の撤回を訴えるキャンペーンを行ない、人気は下降し芸能活動に支障をきたした。 生い立ちおよび経歴 オクラホマ州バーンズデイル生まれ。両親の離婚後、父親はアメリカ陸軍に入隊し、母親は働きに出たため、子供達は一時的に祖父母のもとに預けられた。ブライアントが2歳の頃、祖父は彼女に「主われを愛す」の歌を教えた。6歳で地元の催事場の舞台で歌うようになった。ラジオやテレビにも出演するようになり、アーサー・ゴドフリーのオーディション番組が街で収録された際、出場した。 1958年、ミス・コンテストでミス・オクラホマとなり、タルサのウィル・ロジャース高等学校を卒業した直後の19歳の頃ミス・アメリカで準優勝となった。 1960年、フロリダ州マイアミのディスクジョッキーであったボブ・グリーン(1931年~2012年)と結婚し、ロバート・ジュニア(ボビー)、グロリア、ビリー、バーバラの4人の子供をもうけた。1980年、離婚しキリスト教右派から教義に反すると批判を浴びた。NBCのインタビュー番組『Here's Hollywood』と『The Ford Show, Starring Tennessee Ernie Ford』に出演。 Billboard Hot 100に計11曲がランクインしている。1959年、「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」がポップ・ミュージックのチャートで第30位となった。また1960年に発表した「ペーパー・ローゼズ」が第5位を記録し最大のヒット曲となった。なお同曲は13年後にマリー・オズモンドによりカヴァーされ、オズモンドのバージョンはカントリー・チャートとイージーリスニング・チャートでそれぞれ1位を記録している。「My Little Corner of the World」が第10位、1961年の「Wonderland by Night」が第18位を記録した。