
Andrea Barzagli
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アンドレア・バルツァッリ(Andrea Barzagli、1981年5月8日 - )は、イタリア・フィエーゾレ出身の元サッカー選手。元イタリア代表で2006年、2014年と2度ワールドカップに出場、2006年ドイツ大会の優勝メンバーである。ポジションはディフェンダー(CB)。バルザーリとも表記される。 経歴 クラブ経歴 キャリア初期 17歳の時地元セリエC2クラブのロンディネッラでキャリアをスタート。当時はミッドフィールダーとしてプレーした。同チームで経験を積み、2000年よりセリエBのACピストイエーゼにてプレーしチームを率いたジュゼッペ・ピッロンに気に入られ、ピッロンがセリエBのアスコリ・カルチョを率いる際に引き抜かれる。ここでDFにコンバートされると持ち味の強さと高さを発揮し実績を積んで、2003年にルイジ・デルネーリ率いるセリエAのACキエーヴォ・ヴェローナへと移籍した。ルイジ・サーラからレギュラーを奪い取り、ユヴェントスFCへ移籍したニコラ・レグロッターリエの穴を埋め「第2のレグロッターリエ」と呼ばれた。 パレルモ 2004年にはUSチッタ・ディ・パレルモへと移籍、31年ぶりにセリエAへ昇格したチームながらも上位進出をするチームの守備の要として急成長し、イタリア代表にも名を連ねるようになった。2007年にはクラブのキャプテンも務めた。 ヴォルフスブルク 2008年に故郷フィレンツェのクラブであるフィオレンティーナへと移籍すると思われていたが、パレルモのチームメイトで親友でもある同じDFのクリスティアン・ザッカルドと共に5月28日、ドイツのVfLヴォルフスブルクにDFとしては当時ブンデスリーガ最高額(同時にクラブ最高額)の移籍金1400万ユーロとチーム内トップの年俸400万ユーロで移籍。すぐにディフェンスラインの要となり、1年を通して安定した守備を見せてリーグ戦全34試合にフル出場。移籍1年目にしてブンデスリーガ優勝を成し遂げた。しかし、その後は故障や異国でのストレスによるモチベーションの低下もあって出場機会が減少し、2011年1月27日にキエーヴォ時代の恩師デルネーリが監督を務めるユヴェントスへ移籍した。 ユヴェントス 2年半ぶりのイタリア復帰となった2010-11シーズンの後半のみで15試合に出場した。デルネーリが退任し、クラブOBのアントニオ・コンテが新監督に就任した翌2011-12シーズンはDFラインの中心として35試合に出場。ユヴェントスの9シーズンぶりのスクデット獲得に貢献した。 チャンピオンズリーグ3度の決勝進出、セリエA8連覇に貢献したが、2018-19年シーズンをもって現役を引退することを発表した。
経歴
- 1981Born
- 1998Joined San Frediano Rondinella S.S.
- 2000Joined Pistoiese FC
- 2001Joined Piacenza Calcio
- 2001Joined San Frediano Rondinella S.S.
- 2001Joined Ascoli Calcio 1898 FC
- 2002Joined Italy national under-20 football team
- 2003Joined AC ChievoVerona
- 2003Joined Italy national under-21 football team
- 2004Joined Palermo F.C.
- 2004Joined Italy men's national association football team
- 2004Won Knight of the Order of Merit of the Italian Republic
- 2006Won Officer of the Order of Merit of the Italian Republic
- 2008Joined VfL Wolfsburg
- 2011Joined Juventus FC
豆知識
- •Place of birth: Fiesole
- •Citizenship: Italy
- •Known as: association football player, association football coach
- •Sport: association football