
Anders Behring Breivik
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
アンネシュ・ベーリング・ブレイビク(Anders Behring Breivik, [ˈɑnːəʃ ˈbeːɾɪŋ ˈbɾæɪʋiːk], 1979年2月13日 - )は、ノルウェーのテロリスト。極右思想から単独で2011年7月22日にノルウェー連続テロ事件を起こした。 生い立ち 1979年2月13日オスロ生まれ。父はイェンス・ダーヴィド・ブレイビク。母は看護師のヴェンケ・ベーリング(Wenche Behring)。父イェンスは経済学者で外交官、ロンドンやパリに駐在した。両親は1歳の時に離婚、母ヴェンケが親権を得た。母・異父姉と共にオスロで暮らし、再婚したフランス駐在中の父イェンスには定期的に会いに行った。父イェンスはブレイビクが12歳の時に再度離婚した。母ヴェンケはノルウェー陸軍の将校と再婚している。この母は児童福祉サービスによると、気性が激しく暴力的だったという。 ブレイビクはノルウェー労働党(中道左派)支持である両親の政治姿勢を批判、母を「穏健フェミニスト」としている。スメスタッド小学校、リース中学校、ハートウィグ・ニッセン高校、オスロ商業高校と進む。クラスメートの話では成績が良く、いじめの被害者をよく手助けしていたという。 やがて非行グループに入り、夜中に町中をうろついたり、スプレーで落書きなどをするようになる。16歳の時落書きで逮捕され、この時以来、父親とは1度も会っていない。逮捕時に仲間を裏切り、グループから離脱、親友とも別れた。 19歳の時、200万クローネを株式投資の失敗で失う(約3000-4000万円)。ブレイビクは自身を優れた実業家だと思っていたが、実際には2000年代初頭に従事していた会社はすぐに倒産していた。 21歳の時、顧客サービスの仕事に就き、移民労働者と共に働く。同僚の話では「誰にも親切」で「良い同僚」だったという。ただ、中東や南アジア出身者に対して苛立ちを見せることも多かった。ウエイトトレーニングに時間を費やすようになり、ステロイド剤を使い始めた。20代前半で顎、鼻、額に整形手術を受けた。徴兵検査の際「軍務に適さない」と判定されたため軍には入隊しなかった。 1999年から2004年まで移民政策に反対的な進歩党(新保守主義)党員として所属し、進歩党も生ぬるいと不満を述べていた。2009年にスウェーデンの極右のサイトの会員になるが、実世界では一般的なノルウェー人として振る舞い、特別目立つこともなく、反移民、反イスラーム主義の思想を知り合いに漏らすことはなかった。