
Amélie Nothomb
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アメリー・ノートン(Amélie Nothomb, 本名:ファビエンヌ・クレール・ノートン Fabienne Claire Nothomb、1966年7月9日 - )は、ベルギーの小説家。現代フランス語圏最有力の作家の一人であり、数多くの文学賞を受けている。本来の発音である[ameli nɔtɔ̃b]に近いアメリー・ノトンブという表記もある。 経歴 ベルギーの外交官であったパトリック・ノートンの娘としてベルギーのエテルベークに生まれた。出生直後に、父親がベルギー大阪総領事に就任したことに伴って神戸に渡った。5歳まで日本で育った後、父親の転勤によって中国・ニューヨーク・バングラデシュ・ビルマ・ラオスと移り住み、17歳の時にベルギーに帰国。それまでずっと外国を転々としていたため、故国に帰国子女として戻ってきても「自分が外国人のような感じがした」という。ブリュッセル自由大学に入学し、文献学を専攻した。 23歳で再来日し、三井物産に1年間勤務。その後ベルギーに戻り、1992年に『殺人者の健康法』で作家デビュー。以来、年に1作ほどのペースではあるがコンスタントに作品を発表し続けている。2022年ストレーガ・エウロペオ賞受賞。 畏れ慄いて 日本での就業体験をもとに、1999年にノートンが発表した自伝的小説が『畏れ慄いて』(おそれおののいて)である。白人女性である主人公が日本の架空の大企業「ユミモト・コーポレーション」で味わう理不尽な体験を面白おかしく描いた。フランスで50万部を売るベストセラーとなり、この年のアカデミー・フランセーズ賞も受賞した。 一方、小説の舞台となった日本では、会社文化の不条理を誇張して描いていることに批判が集まった。実際、日本のある大企業の社長がこの作品を「嘘の塊だ」と評した、とノートン自身が語っている。 2003年に、アラン・コルノー監督、シルヴィー・テステュー主演で映画化された。日本では同年のフランス映画祭横浜などで上映されているが、一般公開には至っていない。 家系 ノートン家はベルギーで代々続く名門貴族政治家の家系(男爵家)である。首相を務めたジャン=バティスト・ノートン(Jean-Baptiste Nothomb, 在任1841年 - 1845年)や、元外相のシャルル=フェルディナン・ノートン(Charles-Ferdinand Nothomb, 在任1980年 - 1981年)は親類に当たる。アメリー自身も2015年に一代限りの女男爵に叙されているほか、ベルギー王冠勲章(コマンドール)を2008年に受けている。