
アルカイオス(Alcaeus)
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ミュティレーネーのアルカイオス(古希: Ἀλκαῖος, Alkaios, 英: Alcaeus, 紀元前620年頃 - 紀元前6世紀)は、古代ギリシアの抒情詩人。アルカイオス風韻文の創案者と考えられている。サッポーよりやや年上で、詩を交換するなど恋愛関係にあったのではないかとも言われている。アルカイオスはレスボス島の主要都市であるミュティレーネーの支配階級の貴族の家に生まれ、そこで政争と内紛に深く関わった。いつ死んだかは不明である。 政治生活 ピッタコス(ピタコス、Pittacus)が指導した反乱の期間、レスボス島に激しい内乱が勃発した。アルカイオスは反乱軍側につき、彼の兄弟(おそらく兄)はピッタコスと共にクーデターを起こし、貴族のメランクロスを権力の座から引きずり下ろした。しばらくの間、アルカイオスはピッタコスと手を組まされたうえ、トロイに近いシゲイオンのアテナイ人との戦いでは一緒に戦った。ピッタコスはそこでアテナイの指揮官プリュノンをたった一回の戦闘で打ち負かした。しかし、アルカイオスはその戦いから逃亡し、そのことを詩に詠んだ、とヘロドトスは言っている。 アルカイオスは、メランクロスの失脚で勢力を強めた僭主ミュルシロスに対する陰謀に加わったが、それは成功しなかった。一方、ピッタコスはミュルシロスと手を結び、アルカイオスは亡命した。 ミュルシロスの死後、アルカイオスはピッタコスと和解したらしく、ミュティレーネーに戻った。しかし、この新しい連帯は長続きせず、アルカイオスは再び亡命を余儀なくされ、遙かエジプトまで逃げた。アルカイオスの兄弟の1人はバビロニア軍に入隊し、ネブカドネザル2世の下で戦った。アルカイオスは最終的にレスボス島に戻ったと言われている。アルカイオスの詩の中には、長年の敵同様に一時の友人たちから受けた虐待への厳しい弾劾が含まれている。 詩 アルカイオスの戦争と政治体験は現存する詩の中に反映されていて、その中でも断然多いのが軍隊に関するものである。荒海で沈みゆく船から生き延びようとする狂おしい努力、兜と槍の光景、戦争から帰還した兄弟たちを迎える安堵感、さらに、暴君の危険に対するののしり、戦場からただ一人生還した時に臆病者扱いされたことへの非難などがうたわれている。