
アジット・クマール(Ajith Kumar)
日別に見る
この人は?
アジット・クマール(Ajith Kumar、1971年5月1日 - )は、インドのタミル語映画で活動する俳優。これまでにフィルムフェア賞 南インド映画部門、タミル・ナードゥ州映画賞、ヴィジャイ・アワードを受賞している。また、レーサーとしても活動しており、国際レースで活動する数少ないインド人レーサーの一人である。『フォーブス・インディア』の「セレブリティ100」に3回選出されている。 生い立ち 1971年5月1日に生まれた。父のP・スブラマニアム(2023年死去)はタンジャーヴール出身でパラカッドにルーツを持ち、母のモーヒニはコルカタ出身のシンド人である。アジット・クマールは3人兄弟の次男であり、兄アヌープ・クマールは投資家、弟アニル・クマールはインド工科大学マドラス校を卒業して実業家としてそれぞれ活動している。 アジット・クマールは10回生の時にアサン記念シニア・セカンダリー・スクールを中退し、一家の友人(ロイヤルエンフィールドの従業員)の伝手で同社に就職し、6か月間かけてメカニックになるための訓練を受けた。しかし、ホワイトカラーの仕事に就かせようとする父の強い要望もあり退職し、別の友人が経営する衣料品輸出会社に就職した。その後はビジネス・デベロッパーに昇格して各国での営業活動を任されるようになり、仕事を通して英会話のスキルを身につけた。衣料品輸出会社を退職後、アジット・クマールは3人のビジネスパートナーと共同で繊維販売会社を立ち上げたものの事業は軌道に乗らず、別の衣料品会社に転職した。この間、衣料品業界での仕事と並立してモデルの仕事をこなし、ヘラクレス・サイクル&モーターのコマーシャル撮影に参加した際、P・C・シュリーラームに「俳優になれる容姿」を気に入られてスカウトされ、映画業界に進むことになる。 キャリア 俳優 1990年 - 1998年 1990年に『En Veedu En Kanavar』で学生役を演じ、俳優デビューした。その後、1993年にS・P・バーラスブラマニアム(学生時代の同級生の父親)の推薦で『Prema Pusthakam』の主人公に抜擢されたが、撮影開始から間もなく監督のゴーラプディ・シュリーニヴァースが急死したことで撮影が中断されてしまう。その後、S・P・バーラスブラマニアムの推薦で新たにセルヴァの『Amaravathi』に起用され、同作が初主演作として公開された。同作がポストプロダクション作業に入ったころ、アジット・クマールはアマチュア・モーター・レースのトレーニング中に負傷して寝たきりの状態になっており、3回の手術を経て1年半の安静を指示された。そのため、彼の台詞はヴィクラムが吹き替えている。回復後、アジット・クマールは停滞したキャリアを取り戻すため助演俳優として精力的に活動し、アルヴィンド