
ナンシー・アジュラム(Nancy Ajram)
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ナンシー・アジュラム、本名:ナーンスィー・ナビール・アジュラム(アラビア語:نانسي نبيل عجرم / Nancy Nabil Ajram )は、レバノンの歌手である。2007年の時点で、累計3千万枚を売り上げ、レバノンの歴史上3番目に売り上げ枚数の多い歌手となっている。これまでに7枚のアルバムを発売し、数多くの音楽ビデオ・クリップやコマーシャル・クリップに出演してきている。数多くのアラブの音楽祭に参加し、また賞を受けており、2008年にはワールド・ミュージック・アワードで最もよく売れた中東の歌手 (World's Best Selling Middle Eastern Artist) に選ばれた。これは、アラブ人のワールド・ミュージック・アワード受賞者としては史上最年少であった。ナンシー・アジュラムは、中東およびアラブ世界における女性初、そして唯一の、コカ・コーラのスポンサーであり、スポークスパーソンである。 来歴 . 初期 ナンシー・アジュラムはナビール・アジュラムとリモンダ・ウーンの娘として1983年5月16日、レバノンの首都ベイルートのアシュラフィーエ地区に生まれた。1995年、12歳のときにレバノンの音楽スター・オーディション番組・ヌジューム・アル=ムスタクバル(نجوم المستقبل, 未来のスターたち)に参加し、ウム・クルスームの楽曲を歌ってタラブ部門で優勝した。 その後アジュラムは名声あるレバノンの音楽家の下で音楽を学び、18歳に達していなかったものの同国のプロフェッショナルの音楽家の団体の会員として認められた。最初の楽曲はアブド・ムーンゼル (Abdo Mounzer) 製作の「Hobbak Allam Albi elGheere」と「Oulha Kelma Ala Shani」であった。1998年、15歳で初のアルバム『Mihtagalak』をリリースした。アルバム収録曲のほとんどは純粋なタラブ曲であった。次のアルバムは2000年に『Sheel Oyoonak Anni』としてリリースされ、前作以上の成功を収めた。 2002年 - 2004年: Akhasmak Ah アジュラムは、経験豊かなプロデューサーでマネージャーのジージー・ラーマーラー(جيجي لامارا / Jiji Lamara)と共に仕事をするようになった。2003年初期、3枚目のアルバム『Ya Salam』は、収録曲「Akhasmak Ah」と物議をかもしたそのビデオ・クリップなどによって、それまでで最も成功したアルバムとなった。ビデオは古いアラブの映画のような作りであり、その中で、彼女は客の前で踊り、客にちょっかいを出すカフェの女主人を演じている。これ以外にも、複数のアルバム収録曲のビデオ・クリップが製作された。